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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)346号 判決 1957年2月18日

控訴人

検察官 池永博

被告人

伊藤三兵 外一二名

検察官

寺尾樸栄

主文

原判決中被告人宮脇寛、同宮沢政雄、同余泰明、同朴万泳、同三輪勝一、同李鐘永に関する有罪部分及び被告人高三用、同全文封に関する部分を破棄する。

被告人宮沢政雄、同高三用、同全文封、同余泰明を各懲役八月に、

被告人宮脇寛、同朴万泳、同三輪勝一を各懲役六月に、

被告人李鐘永を懲役二月に、

処する。

但し、右被告人等に対し本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。

被告人伊藤三兵、同金光浩、同倉地東洋男、同古井辰治、同黄晴吉並びに検察官の本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴の趣意は名古屋地方検察庁岡崎支部検察官検事池永博の控訴趣意書に、各被告人の控訴の趣意は弁護人天野末治の控訴趣意書、被告人伊藤三兵、同宮脇寛、同宮沢政雄、同倉地東洋男、同古井辰治、同黄晴吉の各控訴趣意書に夫々記載する通りであるから之を引用する。

天野弁護人並びに右各被告本人の各控訴趣意中事実誤認の論旨について案ずるに、本件各被告人が原判決記載の犯行を為した事実は原判決挙示の各証拠によつて之を認めるに十分である。

同弁護人は、原判決がその事実認定の証拠とした各証言及び供述の信憑力について

(1)  肥田孝太郎、山内幸久、芳賀忠夫等各証人を初め岡崎公共職業安定所(以下岡崎職安所又は職安と略称する)の職員は、岡崎自由労働組合(以下岡崎自由労組又は組合と略称する)の指導的地位に在る者又はその活動分子である被告人等が重刑に処せられることを願い、意識的計画的に供述している。

(2)  小川秀三郎、吉見勝美、近藤章、朴先煥、鈴木留吉、門田金之助等各証人は何れも破廉恥罪の前科ある者であり、証人今井義雄も亦窃盗罪を犯しているとの風評があるので、同人等は何れも警察署又は検察庁に対して弱き立場に在るため、何れも迎合的な虚偽の証言又は供述をしている。

(3)  証人石原道雄は心神耗弱者でてんかん症を患い居り、記憶喪失の甚だしいものであり、同藤本亀蔵はその性狡猾である。

従つて、以上各証人等の証言及び供述は何れも之に信を措くことができないと論ずる。然し弁護人の右主張事実を認め得る証拠がないのみならず、仮に前科その他の事実が認め得られるとしても、之がために直ちにその証言及び供述を虚偽又は措信すべからざるものとして排斥することはできない。その証言又は供述は何れもその前後の状況及びその内容に徴して之を措信し難いものとは認められない。原審が右各証拠によつてその事実を認定したのは相当であるから、弁護人の論旨は之を採用することはできない。なお、証人朴先煥の証言は、原判決はこれを証拠としていないのでこの点に関する論旨は理由がない。

同弁護人は、更に各被告人についてその控訴趣意三の項記載の通り事実の誤認を主張するが、同被告人等の各事実は何れも原判決が各被告人についてその犯罪事実を認定するに当つて挙示した各証拠によつて之を認められるので、弁護人の論旨はその理由がない。

被告人宮脇寛、同宮沢政雄、同倉地東洋男及び同古井辰治並びに同黄晴吉の各事実誤認の論旨については、右弁護人の論旨に対する説明と同様その理由がない。

尚同弁護人は肥田幸太郎及び山内幸久の蒙つた各傷害の事実につき、その各被告人が共同して之を為したとすれば一週間乃至二週間の傷害程度では済まない筈であるから各被告人は該暴行に協力したものでなく、この点に関する証言及び供述は措信すべからざるものであると論ずるが、原判示の被告人等の暴行によつて判示程度の傷害に止まると認めることは何等経験則に反することなく、従つて同被告人等の暴行に関する証言及び供述を措信すべからざるものとはなし得ない。論旨は理由がない。

又被告人宮沢政雄の論旨中、平常も我々は窓から出入していたのであるから不法侵入でない旨の点は、職安の建物に平常紹介窓から出入りしていたと認むべき証拠がないのみならず、仮りに何等かの事情によつて窓から出入したことがあつたとしても右窓は通常建物に出入する出入口ではなく、しかも当日は窓に垂木を打ちつけて出入りすることを禁止していたものであることが明らかであるのみならず職安の職員がその窓より入ることを制止したものであること原判決認定のとおりであるから、被告人が右窓より職安の建物内に侵入したことは不法であること勿論である。論旨は理由がない。

なお、被告人倉地東洋男の論旨中、解放されていた建物正面玄関より入つたもので何等違法視さるべきものではないとの点は、同被告人は他の被告人等が施錠を外して解放した職安の建物南側窓又は南西隅入口より侵入したものであること原判決認定のとおりであり、原判決挙示のこの点に関する証拠によれば右事実には誤認はないので、当日右建物への出入りを拒否していたものであること明らかである以上は、被告人の右侵入が不法であることは勿論である。平常職安の業務に関し自由に建物に出入りしていたとしても通常の場合は管理者においてこれを許容していたために不法性を認められなかつたものであつて、本件の場合は原判示の情況において管理者がその出入りを許容しなかつたものと認められるので、被告人の侵入を違法視すべきものであることは疑を容れない。論旨は採用できない。

次に同弁護人並びに被告人宮脇寛及び同倉地東洋男の控訴趣意中本件の侵入並びに不退去の事実は、憲法第二十八条により勤労者に保障せられた団結権若くは団体交渉権の範囲内に属する正当行為であるから犯罪を構成しないとの点については、右憲法の規定は、使用者対被使用者即ち勤労者というような関係に立つものの間において経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体交渉権を保障し、もつて適正な労働条件の維持改善を計ろうとするものに外ならない。然るに岡崎職安は一つの国家機関として失業者に対する就職の斡旋を為すことをその使命とするものであつて、その勤労者との関係は使用者と被使用者というような関係に立つものではないのであるから、被告人等日雇労働者が職安に対して就業の紹介を求める行為が憲法の保障する団体交渉権の行使に該当しないことは明らかである。従つて被告人等の判示所為を正当行為と認めるに由なく本件侵入は不法でありその犯罪を構成するものというべく、弁護人の論旨はその理由がない。

次に、同弁護人の正当防衛若くは緊急避難並びに期待可能性の理論により犯罪を構成しないとの論旨については、岡崎職安における失業者就職の枠が昭和二十七年四月一日より減少することを聞知した被告人等が、同年三月頃以来同職安並びに岡崎市役所などに対して右就労枠の減少に反対する交渉を始め、回を重ねる毎に漸く熾烈を加へ、同月下旬から四月一日ないし三日の交渉経過に鑑みて被告人等その他の組合員等が不穏の行動に出るやも測り難い状勢にあつたので同職安においてはその警戒のため諸般の対策を協議し、岡崎市警その他と連絡して之に備えていたことは認められるが、弁護人主張のように被告人等の出方を注視して之が不法の挙に出ることを待ち受け一挙に逮捕して警察による弾圧を策したことなどは到底之を認めるに足る証拠はなく、却つて当審証人〓原金之助、同鈴木千代子、同本多久男及び同高須守義の各証言並びに原審公判における証人肥田孝太郎、同山内幸久、同〓原金之助及び同永井直一の各尋問調書によれば、昭和二十七年四月四日午前七時頃岡崎職安附近に集合した被告人等は同組合員約三百名と共に同職員の阻止にも拘らず同職安の建物内に侵入し、同所長肥田孝太郎及び業務課長山内幸久に対して暴行脅迫の行為に及ぶなど犯罪行為を重ねたので、之より先き情報を知つた岡崎市警察署においては同日午前十一時頃警察官を派遣し、之より先き同職安附近の警備に当つていた警官と共に配置に就いていたことは之を認め得られるが、その頃は既に不法侵入の犯罪敢行後のことではあり、警察としては治安維持又は犯罪捜査のために前記の処置をとるのは当然のことであつて、固より職務による適法な行為といわなければならない。之あるが故に被告人等に対して急迫不正の侵害があり又現在の危難が迫つていたということがない。被告人等不法侵入者に対して同職安において退去命令書を示し、又その後屋外から同職安所長その他警察官がラウドスピーカー等にて退出を促したにも拘らず被告人等は退出しなかつたのである。而かも警察官等が被告人等の退去を阻止したものではなく、寧ろ被告人等の任意の退出を待機していたのであるから、被告人等が退出その他適法な行為を為し得ない状況に在つたとはいい得ない。然れば正当防衛等弁護人の主張は何れもその理由がない。

更に同弁護人は、被告人三輪勝一の行為については法令の適用に誤りがあるという。

よつて検討するに、同被告人に対する原判示事実に誤がないこと前説示のとおりであり、同被告人に対し原判決は建造物侵入の点は刑法第百三十条、第六十条等に、職務強要の点は同法第九十五条第二項第六十条に、傷害の点は同法第二百四条、第六十条等に各該当するものとして同法第五十四条第一項前段後段第十条等を適用しているのであるが、原判決は右罰条を羅列してあるのみであるから、右第五十四条第一項前段後段を適用している趣旨を諒解するに苦しむのである。他方、被告人伊藤三兵外四名に関する法令適用を見るに、建造物侵入の点は刑法第百三十条第六十条に、職務強要の点は同法第九十五条第二項第六十条に各該当するものとして、同法第四十五条前段第四十七条等を適用している。又被告人朴万泳に対する法令適用は、建造物侵入の点は刑法第百三十条第六十条に、職務強要の点は同法第九十五条第二項第六十条に、器物損壊の点は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二百六十一条等に各該当するものとして同法第四十五条前段第四十七条等を適用している。これを爾余の被告人等に対する法令適用と対比して考察すると、傷害の事実のある被告人等については、建造物侵入及び職務強要並びに傷害の事実との間に右第五十四条第一項前段後段を適用してあり傷害の事実のない被告人等については建造物侵入及び職務強要その他の事実との間に右第五十四条第一項前段後段を適用せずして第四十五条前段の併合罪の規定を適用していることが認められる。右のように異つた適用をしているのは忖度するに、傷害の事実のある場合は、傷害は職務強要の事実を構成する暴行の結果によるもので、職務強要と傷害との間には右第五十四条第一項前段の一所為数法の関係があるものとし(この点は原判決末段の傷害につき主文で無罪の言渡をしない理由の判示によつても明らかである)、建造物侵入と傷害との間に同条項後段の牽連犯の関係があるものとしたものと推測される。何となれば、傷害の事実のない場合には建造物侵入と職務強要との間には併合罪の関係があるのみであつて、一所為数法又は牽連犯の関係を認めていないところの反面からさように解さねばならないからである。しかし建造物侵入と傷害との間に常に牽連犯の関係ありとすることはできない。即ち、傷害の目的をもつてする建造物侵入の場合には建造物侵入が傷害の手段たる関係にあるからして、牽連犯と認めるを相当とすべきも、建造物侵入と傷害が別異の機会に行われた場合は勿論であるが建造物内で行われた傷害でもその建造物侵入が傷害の目的をもつてなされたものでない場合にはその間に牽連犯の関係を認めることはできない。と解するを相当とする。本件の場合は、原判決認定の建造物侵入は傷害の目的をもつてなされたものではないからその間には牽連犯の関係はないものといわなければならない。殊に原判決は建造物侵入と職務強要との間に牽連犯の関係を認めていないのであるからその認定は当裁判所においてもこれを相当と思料するのであるが、建造物侵入と職務強要と一所為数法の関係にある傷害との間に牽連犯の関係ありというのは相当ではないというべきである。

更に被告人三輪勝一の原判決認定の事実に対する法令適用において傷害に関する刑法第二百四条を適用しているのであるが、その当否について考察するに、原判示事実においては同被告人自らの行為による肥田孝太郎及び山内幸久に対する暴行を認定していないので同被告人に対し傷害の罰条を適用したのは、他の共犯者の行為について共同正犯の関係あるものとしたと推測される。原判決が傷害の罰条を適用しているのは同被告人の外、被告人宮沢政雄、同余泰明、同高三用、同全文封、同李鐘永(被告人宮脇寛については後に説示する)であつて、いずれも右肥田又は山内に対し原判示第三の(一)の(4)に認定している傷害の原因たる暴行をした被告人等のみであつて原判示第三の(一)の(1)に認定している山内に対する暴行をした被告人等の内被告人黄晴吉に対しては傷害の罰条を適用していない。従つて原判決は判示第三の(一)の(1)及び(3)に認定している暴行については職務強要の構成要件たる暴行のみを認定したものであつて、傷害の原因たる暴行としては認定しなかつたものと認められる。又被告人伊藤三兵、同金光浩、同倉地東洋男、同古井辰治、同朴万泳に対しても共謀による傷害を認めていないことは原判決の法令の適用によつて明らかである。右のような諸点を綜合して考察すると、原判示第三の(一)の(4)に判示されていない被告人三輪勝一に対して傷害の共犯者と認めなかつたものと推測されるので、同被告人に対して刑法第二百四条の規定を適用したのは法令適用の誤があるといわなければならない。この点に関する論旨は理由がある。

更に職権で調査するに、被告人宮脇寛に対する法令適用において傷害の罰条たる刑法第二百四条を適用しているのは、同被告人の判示事実が原判示第三の(一)の(4)の(ロ)に示されているので前記被告人宮沢政雄外四名と同様であるとしたものと推知されるのであるが、同判示の被告人宮脇寛の暴行は傷害の被害者たる肥田又は山内に対してなされたものでないのであるから同被告人に対しては傷害の事実を認定していないものといわなければならない。然らば同被告人に対して刑法第二百四条を適用したのは法令適用の誤があるというべきである。

なお前段説示のように建造物侵入と傷害との間に牽連犯の関係ありとして刑法第五十四条第一項後段を適用しているのは法令適用の誤があるから被告人宮沢政雄、同余泰明、同高三用、同全文封、同李鐘永についてはこの点において法令適用の誤がある。

以上の各法令適用の誤は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同被告人等に関する原判決は破棄を免れない。

進んで検察官の事実誤認の論旨について審究するに、検察官は本件傷害並びに器物毀棄の各犯行は被告人全部の共同謀議の下に為されたものであると論ずる。然し本件各証拠を仔細に検討するも未だ原判決認定の共犯以外の被告人等において右傷害並びに器物毀棄の犯行につき共同謀議を為した事実を認めるべき証拠はない。尤も伊予田昌弘の昭和二十七年四月三十日付及び梅村栄一の同月十九日付検察官に対する各供述調書によれば、本件犯行の前日である昭和二十七年四月三日頃組合事務所において同組合青年部を青年行動隊に編成替を為し敵対工作班、闘争班及び情報連絡班の三班に分け、被告人三輪勝一が列席者に対して「四月四日からアブレを出さぬよう強力な闘争手段によつて完全就労を闘い取るため青年行動隊が一致団結して之に当るのである」と説明し、尚被告人宮沢政雄が「おれ達には武器がないから唐手を教えてやる」といつていたことが認められるけれども、神谷清の同月二十八日付検察官に対する供述調書によれば、その際同席した本件被告人は右両名に過ぎないことが認められる。又山川庄吉の同年四月十一日、志賀清二の同月十四日付及び金一男の同日付検察官に対する各供述調書によれば、四月三日頃午後組合事務所において被告人伊藤、宮脇、宮沢、金、朴及び三輪が翌四日に備えてその対策協議を行つた際被告人伊藤が「明日は組合員全員が職安側に対して完全就労を強硬に交渉する」といい、被告人宮脇、宮沢等が「所長や業務課長は誠意がないから我々の要求をあくまで拒絶するというなら吊し上げてしまえ」と発言したことが認められ、又吉見勝美の同年四月七日付検察官に対する供述調書によれば、四月三日午後四時頃籠田公園の土木課事務所において日当を受取りに集つていた自由労働者に対して被告人宮沢が「今日役員だけ寄り合つて相談したが明日は坐り込んででも徹底的に交渉するから必ず弁当を持つて来い」といつていたことが認められる。尚本件犯行当日の四月四日午前七時頃紹介の始まる時刻に職安西側の空地で集合していた約三百名の組合員に対して被告人伊藤が「一日は全員団結の力で暫定的に完全就労をかち取つたが今日から又四、五十名のアブレが出るから、一日と同様団結の力で完全就労を打ちとるまで就労を拒否して坐り込んででもあくまで闘う」という趣旨のアジ演説を為し、被告人倉地が「今日は徹底的にやつつける」と力んでいたことは門田金之助の同年四月八日付、鈴木留吉の同月十一日付、梅村栄一の同日付、小川秀三郎の同日付、近藤章の同月二十二日付の検察官に対する各供述調書によつて認められる。而して検察官がその控訴趣意書中、共同謀議に関する客観的証拠と称する(二)乃至(九)各記載事実が認められるとするも、以上各事実によつては未だ被告人全部が傷害並びに器物毀棄に関する共同謀議を為したとは到底之を認めることができない。他に又右事実を認めしめる証拠はない。尤も各被告人がその犯行前に共同謀議を遂げずとするも、犯行に際して相互に他の被告人の犯行を知りながら自ら他の被告人を利用し相協力して犯罪の成立した場合には各被告人を目して共犯と認め得ること論なきところであるが、本件において各被告人が外二百数十名の組合員等と共に職安建物の内部に侵入していたこと及び本件傷害及び器物毀棄の犯行の際に各自その附近に居合せたことは之を認め得られるが、互に他の被告人を見定めることも困難であつた情況は之を想像するに難くなく、当審における証人大塚時三郎の証言、原審における証人肥田孝太郎、同山内幸久、同寺田信雄及び同左右田元雄の各尋問調書、寺田信雄の昭和二十七年四月七日付及び左右田元雄の同月八日付検察官に対する各供述調書によつても之を認め得るので、他に確証のない限り原判決の認定する共犯以外の各被告人に共同正犯としての刑責を負わしめるに足るものを認めることはできない。然れば検察官の事実誤認の論旨はその理由がない。

次に検察官の量刑不当の論旨について案ずるに、各被告人が共同して不法に職安建物内に侵入し、各本件犯行に及び、同所内における秩序を紊したことは相当厳重な処分を必要とするものではあるが本件犯行の動機は同職安の取扱にかかる失業対策事業の就労枠の減少によつて右事業の対象となる組合員等が生活上の脅威を感ずるの余、同職安所長及び所員の処遇及び態度に憤慨し興奮の末本件犯行を為すに至つたものと見るのが相当であり、本件犯行の被害も未だ甚だ大という程度でもないので、原判決の刑の量定が甚だしく軽いという検察官の論旨は採用できない。却つて職権をもつて被告人宮沢政雄、同朴万泳及び李鐘永の量刑について考察するに、被告人宮沢については、原判決は同被告人が特に暴行が激しかつたとして実刑をもつて処断しているのであるが、原審及び当審において取り調べた証拠を精査するも、同被告人が他の被告人より特に暴行が激しく実刑をもつて処断すべき程に犯情を重しと認むべき資料はない。従つて同被告人に対しても刑の執行を猶予するを相当と認めるので、原判決の量刑は重きに失する不当がありこの点においても破棄を免れない。次に被告人朴万泳については原判決掲記の前科があり、原判決当時はその猶予期間内であつたので刑法第二十五条の二により保護観察に付する旨の言渡をしたのであるが、右猶予期間が既に満了している現在においてはその言渡をしないことができるのであるから、被告人に対してのみ保護観察の言渡を存置するのは権衡を失するうらみがあるのでこれが言渡をしないで他の被告人と同様に処断するを相当と認める。結局同被告人に対する原判決の量刑は失当であり破棄すべきものとする。更に被告人李鐘永については、原判決当時においては原判決掲記の前科の関係上実刑をもつて処断されたのであるが、右前科の刑の執行を終了してから現在においては九年余りを経過しその間禁錮以上の刑に処せられたことのない者であるから、その情状を参酌して本件について刑の執行を猶予する言渡をなすも不当ではないと思料されるので、結局原判決の実刑の量定は不当であり、同被告人に関する部分はこの点においても破棄すべきものとする。

以上説示のとおり原判決中被告人三輪勝一、同宮脇寛、同宮沢政雄、同余泰明、同李鐘永、同朴万泳に関する有罪部分及び被告人高三用、同全文封に関する部分は刑事訴訟法第三百九十七条に則りこれを破棄し、同法第四百条但書に従い自判することとし、その余の被告人伊藤三兵、同金光浩、同倉地東洋男、同古井辰治、同黄晴吉並びに検察官の各控訴は同法第三百九十六条に則りこれを棄却すべきものとする。

被告人三輪勝一、同宮脇寛、同宮沢政雄、同余泰明、同高三用、同全文封、同李鐘永、同朴万泳の罪となるべき事実及び証拠の標目並びに被告人李鐘永に関する前科の事実は原判決掲記のとおりであるからいずれもこれを引用する。

法令の適用。(略)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 高松嘉平 判事 伊藤淳吉 判事 梶村謙吾)

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